東京地方裁判所 平成4年(ケ)1348号 決定 1992年10月13日
最高価買受申出人 甲野太郎
主文
最高価買受申出人に対する別紙物件目録記載の不動産の売却を許可しない。
理由
(以下、別紙物件目録記載一の土地を「本件土地」、同目録記載二の建物を「本件建物」という。)
一 事実関係
記録によると、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件の物件明細書には、売却により効力を失わない権利として、本件建物の一階及び地下一階部分について、乙山春夫が短期賃借権を有する旨が記載されている。
このような記載は、短期賃借権が正常なものである場合に行うこととされている。
(二) 最高価買受申出人は、物件明細書の記載を見て、乙山の賃借権が期間満了により終了した後、ここに居住できると考え、買受の申出をした。
(三) ところが、開札期日の後に最高価買受申出人が本件建物を見に行ったところ、乙山は一見やくざ風の男であり、こわそうな口調で次のように述べた。
ア 乙山は本件土地・建物の所有者に対し貸金債権を有するが、所有者は夜逃げをした。
イ 本件建物の家賃は支払っていないし、最高価買受申出人に対しても支払う気はない。
ウ 裁判に訴えて追い出そうとするのなら、建物を壊す等の嫌がらせをするつもりである。
エ 立退料として二〇〇〇万円を支払えば、本件建物の二階に居住している三名(物件明細書の記載によれば、うち二名は最先順位の担保権設定の前から占有している賃借人で、一名は滞納処分による差押後の賃借人)を説得し、乙山自身も含め、嫌がらせをしないで出ていく。
オ 入札の前に四名の不動産業者が調べに来たが、いずれも入札を諦めた。
(四) 乙山は、通称乙山春夫であるが、本名は乙山松夫である。本件土地及び本件建物については、乙山松夫を権利者として、賃借権設定仮登記がなされている。その仮登記によると、賃借権の内容は、本件土地については期間五年、本件建物については期間三年で、いずれも期間中の賃料全額前払済み、譲渡・転貸ができるとの特約がある。また、仮登記の時期は差押の直前である。
二 売却を許可しない理由
以上の認定事実によれば、乙山春夫こと乙山松夫は、債権回収を目的として正常でない短期賃借権を主張する者であり、引渡命令の相手方となりうるものである。
けれども、一般の買受希望者にとって、第一項(三)に記載したような粗暴な言動をする者を相手方として、立退交渉をしたり、引渡を命じる裁判を得てその強制執行をしたりすることは、かなり勇気の要ることであろう。したがって、このような者が存在するか否かは、入札するかどうかの意思決定をするにあたって、相当に重要な事項であると考えられる。
ところが本件では、物件明細書にはそのような記載は一切ない。むしろ、乙山が正常な(短期)賃借人であると記載されていたのであり、最高価買受申出人はその記載を信じて入札したのである。
そうすると、物件明細書の作成には重大な誤りがあったといわざるをえない。そこで、民事執行法七一条六号により、売却を許可しないこととする。
(裁判官 村上正敏)
<以下省略>